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by kyokihoinmypocket

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ニュースレター第8号

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ポケットに教育基本法の会 NEWS LETTER 第8号   
                             2009年4月1日
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 ★ 東京:教基法訴訟控訴審に不当判決 上告します 

 2007年9月に「改定教育基本法は憲法違反である」と提訴した教育基本法違憲訴訟の控訴審は何も審理されずに3月19日、不当判決が下されました。
 私たちは最高裁に上告します。

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 控訴審第2回口頭弁論が、1月27日、東京高等裁判所で行われました。東京高裁第8民事部の原田敏章裁判長(右陪席:氣賀澤耕一、左陪席:加藤謙一裁判官)は控訴人に計40分の陳述時間を与えましたが、最後の控訴人の陳述後、突然結審を言い渡しました。控訴人に言いたいことを言わせただけで、被控訴人に反論を求めることもなく、何も審理せずに結審しました。今回の裁判官も、被控訴人である国と教育基本法改正に賛成した国会議員に自主的におもねるヒラメ裁判官であることが暴露され、控訴人と傍聴者は裁判所への怒りを新たにしました。

◆陳述時間を計40分もくれるの?!

 第1回口頭弁論で控訴人の求めに快く答え、裁判官の名前を紹介してくれた原田裁判長はこの日も穏やかな態度で、口頭での陳述は4人の控訴人一人につき10分、計40分で行ってくださいと言いました。「えーっ! なんでそこまでサービスしてくれるかな? こりゃあ、言わせるだけ言わせて結審するつもりだ」とピーンとひらめいたにも関わらず、人のいい筆者らは普段親切な人にする通り条件反射で裁判長にお礼を述べていました。

◆国、自民党国会議員は主権者に誠実に対応してほしい

 まず、渡辺が被控訴人による答弁書への反論を陳述しました。

 太田昭宏氏(教基法改正に賛成した特別委員会メンバーで東京都選出の公明党国会議員)は答弁書で、原判決には審理不尽は存在しないと主張していますが、原審はたった1回の口頭弁論で結審しており、裁判官による真実究明義務の全うがなされていないことは明らかであり、「裁判所は訴訟が裁判をするのに熟したときは、終結裁判をする」と規定した民事訴訟法243.条に違反しています。

 また、原判決は「教育基本法の内容が原告らの政治的思想信条に反するものであり、・・・その内容に不快の念等を抱いたとしても」とした点につき、控訴人らは事実誤認だと主張していますが、答弁書は否定しています。しかし控訴人は教育基本法の内容が憲法に違反していると主張しているのだから、控訴人の主張を「不快の念」などという法律らしからぬ非論理的かつ情緒的な言葉で退けるのではなく、教育基本法の内容が憲法に適っている根拠を憲法の条文に照らして述べなければならないはずです。

 被控訴人国、及び小杉隆、下村博文、木村勉、島村宜伸氏(教基法改正に賛成した特別委員会メンバーで東京都選出の自民党国会議員)の答弁書には控訴理由書に対する反論が一切なく、ただ棄却すると述べているのみです。反論せずとも勝つと予想し、この裁判をまじめにやる気がないのです。国は国民のためにあり、国会議員は国民のために働くべき職責を負っているはずなのに、これでは主権者の異議申し立てに対して誠実な態度を取っているとは到底言うことができません。これは国民の基本的人権を損ねるもので憲法第11条に違反し、かつ国民の裁判を受ける権利を愚弄しているため、憲法第32条に違反します。

◆教育基本法が改正されたことによる具体的な損害

 次に城倉さんが板橋区立小学校の50周年記念式典の際、日の丸に礼をすることを拒んで着席し、君が代も歌わなかったことによって具体的な損害を被ったと述べました。

 城倉さんはPTA役員のもとにある専門委員なのでその式典出席には強制力が働き、その式典で副校長の司会のもと、日の丸に向かって起立が促され、そのまま「礼」をするように指示されました。しかしキリスト教会の牧師であるJさんは、信仰に基づき神でないものを拝むことができず、着席しました。城倉さん以外の出席者たちは「礼」の後、「君が代」を歌うよう強制的に指示され、歌いましたが、城倉さんは着席のまま歌いませんでした。「君が代」は日本の台湾出兵以来の侵略戦争行為を想起させるものであり、平和憲法に基づき、47年版教育基本法に基づいた教育を受けてきたJさんはこの歌をどうしても歌うことができなかったのです。

 式典に欠席することは地域社会で白眼視される行為であり、一人だけ着席することは当然目立つ行為であり、「君が代」を歌わないことも、相当な勇気が要ることです。精神的打撃だけでなく、その後の地域での生活に支障をきたすからです。これは具体的な損害であり、毎年の入学式や卒業式などでも繰り返されている国家規模の損害だと城倉さんは主張しました。

 坂本板橋区長は式典の挨拶の中で、「教育基本法改正と学習指導要領の改訂」について言及し、「この法律に基づいて、これからも郷土を愛する態度を滋養する厳かな式典、地域・家庭と共同しての教育を進めていく」ことを明言しました。つまり、城倉さんのような信条を持つ者を生きづらくしているのは改正教育基本法であり、具体的損害があるので、裁判所は審理すべきなのです。

◆改定教基法による道徳教育は憲法違反

 3番目に小学校3年生の子どもを持つTさんが、教育基本法が改正されてから小学校で行われる道徳教育が自己犠牲の精神を賛美するものにはっきり変わってきたことを陳述しました。その一例として、授業時間に行われた「よみきかせ会」で「さいごの恐竜ティラン」という話が取り上げられたことを話しました。

 そのストーリーは、草食恐竜のお母さん恐竜が、ひょんなことから肉食恐竜のティラノサウルス、ティランちゃんを育てることになり、親子は仲良く暮らしていたが、氷河期になり食べ物がなくなって、お母さん恐竜が先に死んでしまう。やがて、他のティラノサウルスが死んだお母さん恐竜を食べにやってくると、ティランはお母さんの死体を守って、ティラノサウルスと戦い、ティランは傷だらけになりながら最後まで戦い、舞い落ちる雪の中母親の死体に寄り添い死ぬという物語です。

 これは「忠臣蔵」によく似た内容構造を持ち、日本の伝統的な生き方であり、このような生き方が道徳教育で推奨されるようになったのは、改定教育基本法第2条第5項で、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」ことが教育の目標になったことに起因するものであるとTさんは主張しました。

 日本の伝統的な国家秩序を保つ方法として、明治憲法時代は教育勅語により、国民は天皇のために戦って死ぬべきであると教えたが、これは日本国憲法第13条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しないかぎり、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」に違反している。

 その結果、Tさんの子どもの生きる権利は奪われ、保護者であるTさんは子どもを憲法に基づき、自由に健やかに育てる権利を奪われ、さらに将来における子どもの生命の保証を脅かされ、多大な苦痛を強いられている。したがって控訴人の権利利益は改定教育基本法による道徳・愛国心教育によってただちに侵害されていると訴えました。

 そして、最後にもう一度渡辺がやらせタウンミーティングの違法性について主張しました。

◆不当な結審と勝手な訴訟指揮

 渡辺の陳述が終わると、原田裁判長はいきなり、「準備書面(10)の陳述は認めません。本件はこれで口頭弁論を終結し・・・」と言い出しました。いつもと同じパターンです。筆者らは「忌避します」と口々に言いましたが、裁判長はもにょもにょと判決日を告げ、閉廷のあいさつもせずに逃げるように扉の向こうに消えました。

 言いたいだけ言わせて、即、「口頭弁論を終結」だったのです。予想していたとは言え、これだけしゃべらせてくれたのだから、裁判長も何か言うのかと思いきや、いきなり「終結」です。長々と陳述して座った直後の一瞬だったので、ほんの少しの隙ができて、ヤジを飛ばすことも忘れてしまいました。あっけにとられる暇もなかったのです。私たちが主権者です。裁判官の給料を払っているのは私たちです。主権者が雇っているはずの裁判官に対して、どうしてこんなに緊張し、まるで「敵」に対するように「隙ができた」などと言わなければならないのでしょうか?

 準備書面(10)は被控訴人に対する認否の求めと求釈明でした。これを陳述扱いにすると面倒なので、認めなかったのでしょう。提出した準備書面を陳述扱いにしないことができるのかと書記官に聞きましたが、訴訟指揮だということでした。

 また、書記官には忌避を口頭弁論調書に書くことを確認したのですが、翌日、電話があって、忌避扱いにできないので、改めて忌避申立書を出すように言ってきました。今までは法廷で口頭で言っただけで忌避を認め、調書に書いてくれたと抗議しましたが、これも裁判官の訴訟指揮だということでした。

筆者の感想

 今日は傍聴者が20人以上来てくれて、40分の切実な陳述を聞いてくれましたので、それだけはよかったと思います。裁判官たちは「早く終われ」と思いつつ、仕方なく座っていたのかもしれませんが、少しは耳に入ったかもと希望的観測ですが、思います(40分間瞑想にふけっている方もいらっしゃいましたが)。被控訴人(代理人ですが)らも居眠りはしていませんでした。一人は顔を真っ赤にしていました(安倍裁判と同じ代理人)。彼らは「ヒラメ裁判官」であり、権力に加担する弁護士ではありますが、彼らにも良心は残っているはずだと思うので、どれだけ聞いていたかはわかりませんが陳述してよかったと思います。仕事以外のところで、今日の陳述を思い出し、もしかすると何か考えてくれるかもしれません。

 道徳教育について陳述したTさんは、「裁判をやっていてよかった。裁判をやっていなければ『何かおかしい』としか思わなかっただろうことが、きちんと見えるようになった」と言っていました。裁判をやることによって私たちひとりひとりは確実に力をつけているのです。

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 氣賀澤耕一裁判官 原田敏章裁判長   加藤謙一裁判官
       (終始被控訴人側に傾いている)(終始瞑想中)

傍聴席による裁判官の「通信簿」


Aさん

・ 傍聴、23人。着帽の女性がぬぐよう注意されたが、なぜ?
・ 各10分の口頭で陳述が許可される!しかしこれは終結前のサービス。やっぱり結審でした。
・ 『傍聴支援のみなさまへ』をもらえたのは有難い。
・ 裁判長(右、左も)は真剣に聞いているように見えた。選定人には、口頭で陳述の権がないのはどんなきまりだろうか。
・ 城倉氏の思想信条の自由を侵す新教基法による被害と言うとき、裁判官は「フーン」という顔。
・ 小学校の「読み聞かせ」の形の道徳のおしつけ、実態をしっかり聞き取る原告の感性のていねいさに感心。美しいギセー死を、9歳の子どもにおしつける異常。こどもに生きることより美しく死ぬことを進める話に裁判長は首を傾けて聞いていたが、わかってくれたかな。
・ 右側の裁判官は途中から目つむることが多くなった。これは感動のせい?左側も富盛氏口述の後半は時計ばかり見ていた?かなり裁判長もねむそうになってきた。

Bさん

 向かって右の人は眠っていたのでは?聞きたくない/聞いても考えをかえない/のがありありです。

Cさん

 保護者としてのTさんの証言は印象的でした。改(正)教基法はすでに現実に効力を発揮し始めているのですね。憲法と照らして教基法の不当さを訴えていくことは本当に大切です。ただだまって受け容れていくのは耐えられません。

Dさん

・ 官の発言が明瞭でない(口ごもり発言。語尾が特に!)。
・ 発言時間配分での官の裁量が独善。官の傍聴採点が常(?)にあるほうがよい。
・ 法のすり替えがあまりに日常的に官が利用している(多様の価値観?)。

Eさん

 [裁判官の態度・印象]総合評価:回心前のパウロ(早く目からウロコのようなものが落ちますように)
良く顔を傾けている裁判長だなあと思いました。また裁判長から見て左隣に座っていた人も結構長時間目を閉じていることがよくありました。そうした態度は、陳述している人の話を真面目に聞いていないような印象を傍聴者に与えるので、そういう誤解を避けるためにも、改めた方がいいと思います。

 また、私は、今回初めて裁判を直接この目で見たのですが、原告に喋らせるだけ喋らせておいて、即「結審」「閉廷」となったことに驚きました。今回の口頭弁論では、実際に自分の子どもを教育現場に預けている保護者本人からの訴えなど、素人目にも重要だと分かる内容のものがありましたが、そうしたことに対して、被告側の弁論は聞かなくても良いのでしょうか。これでは被告側にも原告側にも、わだかまりが残ることになると思い、不公平感を覚えました。裁判に馴染みのない者でもある程度納得して判決を待てる、万人のための裁判を心がけてください。

Fさん

 控訴審第2回口頭弁論における渡辺さん、Tさん、城倉啓さんの弁論の内容、全面賛同します。司法という権力に対し、臆することなく現在の教育行政の在り方に対し、真の教育の在り方を述べて下さったこと、感謝いたします。

 特にTさんの小学校の道徳教育において、国家に対する自己犠牲を求める在り方、軍国学童教育の国民学校時代を思い出し、戦慄を覚えます。学習できました。主権者としての人権を守り、反戦、平和の闘いを共に頑張ります。

Gさん

 今日は23名もの傍聴者がつめかけ、盛り上がりを感じた。裁判長は選定当事者のみに陳述を教条的にしぼっているが、本当に法的根拠があるのだろうか?

 今回は前もって打ち合わせがあったのか、裁判所職員が「帽子をとれ」などと注意したり、時計をチラチラ見る…といつになく動きが多かった。

 審議を一方的に打ち切り、次回判決という一方的宣告には問題を感じた。こういう裁判所の実態を国民は知る必要があると思う。

 3人の裁判官のうち、右端(左陪席の加藤謙一裁判官)はウツラウツラ眠っていたのも気になった。立法・行政が暴走した時、司法が最後のたよりのはずなのに、憲法裁判さえ入ろうとしない裁判所のあり方には憂慮を覚える。

口頭弁論後の報告会での感想

Hさん

 教育基本法改悪後の小学校の道徳授業が、自己犠牲を強いる方向になっているという実態を知り、そんなことになっているのかとびっくり。私は障害者施設の職員だが、「つくる会」教科書を最初に押し付けられたのは養護施設の児童だった。障害者は、「つくる会」教科書で、自己犠牲精神で国のために尽くせ=死ね、ということか。障害者差別だと思う。

Iさん

 運動会などでも神道の踊りなどが増えているという。教育基本法が改悪された影響がどんどん出てきていることを実感している。

Jさん

 小泉・安倍政権が残したものが、今まさに私たちの暮らしや子どもたちにのしかかっていることを実感した。

Kさん

 大学生です。初めて裁判を傍聴した。弁論の中で、小学校で自己犠牲を要求する道徳教育が行われていると聞いて驚いた。“伝統”という言葉にだまされてはいけないと思った。

Lさん

 自殺する中学生が増えている。文科省は子どもの自殺についてどう考えているのか。教育基本法の改定は何の解決にもなっておらず、むしろ助長するものではないか。

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忌避について

 東京高裁第9民事部の原田敏章裁判長、氣賀澤耕一、加藤謙一裁判官を忌避しました。理由は以下です。

① 控訴人らは原判決の審理不尽、脱漏などの指摘に加え、新たな証拠を示し、教育基本法が改正されたことにより、具体的な損害が発生していることを述べたにもかかわらず、それを一切審理しなかった。

② 控訴人らは準備書面(10)において、被控訴人らに認否の求めと求釈明を求めたが、裁判官らはこの準備書面を理由を明らかにしないまま受理することを拒否した。つまり被控訴人に反論を求めることもせず、控訴人の求釈明を完全に無視し、審理することを拒否した。即ち、控訴人に対する悪意ある偏頗な裁判を行った。

③ 裁判官は被控訴人に棄却すべきと主張する理由も聞かず、審理不尽であり、明らかに被控訴人を勝たせる不公正な意図が見え見えである。

 東京高裁はこの忌避申し立てに対し、裁判官の訴訟指揮は忌避の理由に当たらないとして、申し立てを却下しました。現在最高裁に特別抗告を行っています。

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控訴審判決と原田裁判長

 3月19日、改定教育基本法は違憲であると訴えた裁判の控訴審判決が、東京高裁第8民事部原田敏章裁判長により言い渡されました。原審に引き続き何も審理しないままの判決は門前払いであり、控訴人らは上告を決意しました。

◆判決はたった3秒。

 筆者は言い渡し予定時刻の午後4時より10分ほど前に控訴人席に着いて裁判官を待っていました。判決言い渡しは数秒で終わってしまうため、5秒遅刻すれば間に合わないので、余裕をもって早く来たのです。

 裁判官3人が入ってきました。しばしの間・・・。裁判長は正面の時計をじっと見ていたので、4時ぴったりになるのを待っていたらしいです。でも数秒で終わる判決のために、「秒」まで合っているのか疑問な時計で4時を待つなんて、この待っている数秒と判決の数秒が同じ位の時間であることにおかしくなりました。そして数秒後、原田裁判長は「主文 1 本件各控訴をいずれも棄却する。 2 控訴費用は控訴人らの負担とする」と言って、ドアの後ろに消えました。この間、3秒。

 あれだけ一生懸命に書いた控訴理由書や切実な準備書面にたいする回答がたった3秒です。そして国民に裁判の実態を知ってもらいたくても、口頭弁論は昼間行われますから、傍聴できる人はごく限られています。マスコミはこんなマイナーな裁判を報道することはありません。だから、裁判はぜひすべてをテレビ放映してもらいたいものです。

 今日、私が用意していたやじは「原田裁判長の不当判決はネットで監視していますよ」でした。原田裁判長は不当判決が多いため、本当にそういうサイトがあるのです。私たちの裁判もそこに載っていました。

◆「違法とまでは言えない」とする常套句

 さて、判決の内容ですが、控訴人、被控訴人の名前や控訴人名簿などを除くとたった3ページ、その中で地裁判決の引用などが2ページ、「当裁判所の補充の判断」が1ページでした。要するに、「教育基本法が成立したことによって直ちに控訴人らが国を愛する態度を強制されたり、思想及び良心の自由を侵害されたりするとまでは認めることができない」というものでした。「何々とまでは~否定」というのは裁判所の常套句。裁判官が最も好むのは「違法とまでは言えない」です。これは裏を返せば「違法ではないとまでは言えない」という意味でもあります。さすがに良心が痛むのか「違法ではない」と断定できないのでごまかすために設定したに違いない、違法でもなければ適法でもない、グレーゾーンです。

 つまり今回の判決で言えば、「国を愛する態度を強制されたり、思想及び良心の自由を侵害されたりするとは認めることができない」とはっきり言えず、「~とまでは」というあいまいな言葉を入れているのも、はっきりした判断を避けグレーゾーンに逃げ込んでいるということです。

 いつもこのような判決を受ける者として考えてみるに、「とまでは言えない」という言い方は、「違法ではない」と断定できないということなのであって、現在の日本の裁判官が最高裁に人事権や昇給を決める権利を握られており、出世を望むなら最高裁の顔色を窺って政府、行政寄りの判決しか書けない状況を考えれば、心情的には「違法である」と認めているも同然と見ることができます。なぜならば、そんな気持ちが全くないならば自信をもって「違法ではない」と断定するはずだからです。

◆裁判官が公正な判決を出せない制度的な欠陥

 私たちは本人訴訟を行い、主権を自ら行使することによって、日本の司法を変えていきたいと願っていますが、最高裁が裁判官の人事権等を握っているという制度自体を変えなければ、なかなか変わっていかないと痛感しています。裁判官がおのれの良心に従い、何ものにもとらわれることなく公正に判断できるためには、人事権などは司法の枠組みから離れた第三者機関に委ねる必要があるのです。これは裁判官忌避の審理を行うのが同じ裁判所の別の部(つまり当の裁判官のお友達)であるという不公正さや地方自治体において住民監査請求を監査する監査委員がその自治体の長の元直属の部下だったりという制度的な欠陥とも共通した問題です。

 このように書くと、筆者が原田裁判長を免罪しているかのように誤解されるかもしれませんが、決してそうではありません。本来裁判官は自分の出世などより正義を重んじ、公正な裁判をすべきであると思っています。しかし、制度の問題は制度の問題として取り上げ、改善していかなければならないという意味です。

◆原田裁判長の別な事件での不当判決

 この機会に同じ原田裁判長の、これは好意的に解釈することは全くできない不当判決について、お知らせします。それは、阿部力也世田谷区議が選挙期間中に運動員の女性に行ったわいせつ事件で、地裁ではわいせつ行為を認定したのに、高裁で原田裁判長がそれを覆したのです。女性が半年以上も警察に届け出なかったことなどから「執拗(しつよう)で屈辱的な被害を受けた行動としては不自然で不合理。わいせつ行為は存在しないか、存在したとしても女性の承諾に基づくものだったことを強く示唆する」との理由でした。半年以上も警察に届け出なかったことがなぜこのようなことを示唆することに結びつくのか、偏見以外何の根拠もない、ひどい判決です。

◆横浜改正教基法違憲訴訟控訴審も原田裁判長

 改正教基法違憲訴訟は愛媛、横浜、東京の3か所で提訴しましたが、横浜地裁でも門前払いされ、東京高裁に控訴しました。この控訴審第1回口頭弁論が3月12日、行われました。ここでも原田裁判長は控訴人一人につき10分、計20分の口頭での陳述を許しましたが、第1回で結審しました。

 筆者らの口頭弁論の報告で、原田裁判長の体が終始被控訴人側に傾いていると書いたのを読んだのか、今回は陳述中に、体を動かし、控訴人側に傾けたり、被控訴人側に傾けたりして、気を使っているらしい様子が見受けられました。右陪席(筆者らの裁判では左陪席)の加藤謙一裁判官については「終始瞑想中」と書いたのを読んだのか、今回は目をぱっちり開けて、陳述をよく聞いていました。左陪席は小出邦夫という知らない裁判官でしたが、似顔絵を描かれたくないらしく、頬杖をついた手で顔を隠したりしていました。

 横浜教基法違憲訴訟も東京と同じ裁判官にしたのは、なぜでしょう? 判決を書くのにコピー&ペイストできるからだと勘ぐっている筆者です。そして言わせてもらえるなら、こんな判決なら素人にも簡単に書けますよ。裁判官なら裁判官らしく、法律に則ってまじめに書いてほしいものです。

つづく
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by kyokihoinmypocket | 2009-05-06 18:18 | ニュースレター
P o c k e t  C o l u m n

女のお喋りが、ファシズムを遠ざける?!   E・T

 最近、私はママ友ランチしている。教科書訴訟や教基法の改変、和田中訴訟について話すためである。
私は、3年前から裁判活動をしているが、それについてこれまで子ども関係の友人に話したことはなかった。杉並の教育問題なのだから杉並の友人にこそ話したいのに、こんな政治の話をしたら浮いてしまうんじゃないか、アカのレッテルを貼られるんじゃないかと恐れていたためだ。もっとも親しい友人でありながら話していないのが辛くもあった。

 裁判を始めて3年がたち、今年は教科書採択の年でもある。これを機に、杉並の母親たちにも知ってもらいたいと思い、最近になって友人たちとランチしながら、私がこの3年間やってきたことを話した。

 すると意外にも、皆、やさしいのである。これまで、10名ほどの人たちとランチしたが、変な目で見る人は一人もいなかった。皆、私が3年間苦しい思いで裁判活動をしていたことを理解し、受け止めてくれたように思う。友だちっていいものだな、と私はあらためて思った。

 しかし、つくる会教科書のことを知っていた人はほとんどいなかった。今まで知っていたのはたった2名。知っていた2名も、杉並で採択されたことは知らなかった。話を聞いて、彼女たちは、私が裁判をやっていたことにも驚いたようだったが、杉並の全ての中学生が右翼の教科書を使っていることに、「そんなことになっているの~!」と少なからず驚いていた。私は、いかにこれらの問題が知らされていないかを思い知った。いかにマスコミがさぼっているかが分かろうものである。

 勇を鼓して話してみてよかったと、私はつくづく思う。そして、気づく。ファシズムとは自分の心の中から始まるのだということに。言っちゃいけないと思い込み、口を閉ざしていた私。話してみれば、共感してくれることも多く、また彼らの意見を聞き、学校の状況など私が知らないことを知ることもできた。皆、一様に「こういうことも考えなくちゃいけないね」と言ってくれた。私は、皆、何も考えていないのではないかと思っていたが、とんでもない。自分の子どもの問題だから、やはり考えている。ちゃんと話しかければ、答えてくれるのである。私は、自分の話ができたのも嬉しかったが、彼女たちの考えを聞くことができたのもとても嬉しかった。ファシズムは口を閉ざすことから始まるのだ。

 こんなふうに皆の前で「つくる会」教科書が悪いこと、教基法の改定がちっともいいものではないと確信をもって言い切れるのも、裁判で教科書や教育基本法についてたくさんのことを学んだからだと思う。私は裁判で準備書面を書くために、つくる会教科書の何が悪いのか、教育基本法の改定のどこが悪いのかを、自分で調べて自分で考えた。だから、「つくる会」教科書が良くないものであることを断言できる。もし、裁判をやっていなかったら、何となく悪いものとしか語れなかっただろう。

 私は実績を積んだのである。

 今年は採択の年。教基法訴訟は上告。市民としてできるだけのことをしていきたいと思っている。それには、まず、身近な人と語ることがもっとも大切なことなのではないか。女がお喋りでいるかぎり、ファシズムはまだまだ遠いぞぉ~と心を強くするママ友ランチであった。

≪その他の裁判の報告&お知らせ≫

★つくる会教科書取消し住民訴訟・控訴審

 2008年12月22日、第2回口頭弁論が東京高裁にて開かれましたが、小林克巳裁判長は弁論を最後まで聞かないまま不当に結審、2009年2月18日、棄却判決となりました。今年は採択の年でもあり、動を集約するため、最高裁への上告は致しません。

★和田中夜スペ取消し訴訟

 2009年1月16日、第2回口頭弁論が開かれ、首尾よく陳述、ずさんな和田中地域本部の会計報告等について釈明を求めたところ、岩井伸晃裁判長は、なんと被告に対し、反論を求め、「できるだけ釈明要求に答えるように」と指示、次回の展開が楽しみになってきました。

和田中訴訟の次回口頭弁論:
2009年4月28日(火)
午前11:30~
東京地裁522号法廷にて
ぜひ傍聴をお願いします!

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ポケットに教育基本法の会

事務局:〒174-0063 東京都板橋区前野町4-13-3-301 (城倉)
  tel/fax03-5392-9554
  Eメール yukesika@sea.plala.or.jp
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by kyokihoinmypocket | 2009-05-06 18:17 | ニュースレター